「笑う男」 2019.5.6 マチネ 御園座

去年の8月「モーツァルト!」以来の名古屋、御園座。去年はとにかく暑かった…って記憶しか
ないけど、5月の頭だからさすがに暑いってほどではなくて良かったです。でも地下鉄駅での
出口を間違えちゃって外歩いたら日差しは強かったので、日傘持ってて良かった。

友人と劇場下の御園小町で待ち合わせをして、食事してから劇場へ。御園座、この小町に行ける
のもちょっと楽しみだったりします。食べるものが豊富で選ぶのが楽しいから。

しかし劇場入口入るといきなりトイレ列が凄いのは、何だかなぁと思う。ロビーが狭いと言うか、
動線が悪いと言うか…。列横の柱には浦井君と元タカラジェンヌお3人が書いた色紙が飾って
あったけど、写真撮り難かったし。奥の壁にはキャストの全身とバストショットの写真が配置
された大きなパネルがありました。

本日の席は2階の最前列。座ったら1階席は全然視界に入らず、邪魔物なくステージが目の前に
ドーンって感じでとても近く感じました。ただ座ってる間にお尻が下がってしまって、目の前の
手摺が若干邪魔になりましたが。姿勢正しく観てたら問題なしで、オペラグラス忘れちゃって
シマッタな…と思ったけど、使わなくても充分よく見えました。

日生劇場よりだいぶコンパクトサイズなので、ステージは横幅も奥行も高さも狭く感じました。
後、ステージ前方の小さいセリ上がりがないので、デヴィッドが赤ちゃんのグウィンプレンを
連れ出してコンプラチコに売った時の揺りかごはなくて、デヴィッドが赤ちゃん抱いて幕の間から
出て来て、上手に歩いて捌けて行く…に変わってました。
そうそう、このグウィンプレンの赤ちゃんは綺麗な顔をしてるのですよね。赤ちゃんのデアは
ちゃんと顔が見えたことがないけれど、のっぺらな感じ?

貴族院の後、ジョシアナの歌の後の眠るデアに膝枕してるウルシュスのベンチもセリ上がりが
なくて、暗い中スタンバイしてライトが点くって感じに。

一座興行後、ジョシアナに失礼な物言いをしてウルシュスに追いかけられるグウィンプレン、
テーブルの上を駆け抜けるってのがなかったのも、ステージが狭いからかな?
後、セットも全部は設置できなかったのか、セットの上で歌い終わってたソロ曲は途中で下に
おりて下手袖に捌けて行ってました。高さもないせいかも?
2階から観てたから、わかり難かったけど、一座のランタンの位置も低かった気がします。

劇場の違いでの変更はこれくらいかな?全体、ステージが明るかったようにも思いました。
なので、ジョシアナの天幕付きソファーをセッティング&片付けるするスタッフが丸見え状態…。

音は「モーツァルト!」のと時に良いな…と思った記憶があるけど、1幕はオケも歌も何だか
物足りなく感じて、こんなだっけ?と思ってしまいました。2幕は耳が慣れたからか、そうでも
なかったけど。そうそう、指揮者は塩田さんでした。前方席だった友人、塩田さんも目に入るから
動きが気になっちゃう…と言ってましたが、キャストの動きと合ってるし、音がピタッと決まる
ところは流石とも。

オケが物足りなく感じだから歌詞がよく聞こえた…って訳じゃないけれど、日生でちゃんと聞き
取れなかった貴族達の「ガーデンパーティー」もよくわかりました。女王とジョシアナの罵り
合いも。「腐ったリンゴ」「萎びたカボチャ」「行かず後家」「老いぼれ」「トサカ頭」「ブタ鼻」
だったかな?子供の喧嘩だね。
しかし女王の歌、♪風邪をひいたみたい だの♪上も下も大洪水 だのって歌う必要ある?そんな
体調悪いのに「食べてもいいかしら?」と肉に食らいついてるし。
このシーンのフェドロのニヤニヤっぷりが、凄くてついそっち見ちゃっていろいろ見逃す。

新しい役職に就きたいと願い出るフェドロ、何でジョシアナへの呼び掛けが「奥様」なんだろう?
お礼を言う時は「公爵様」なのに。
フェドロが瓶の開封官になってすぐ、ハーカーの瓶を見つけたと言うのは、出来すぎの偶然だけど
それがないと話違って来ちゃうから…。15年海に漂っていた瓶、フジツボやらがついてると気づ
いたのは、日生後半でした。

中の文書、赤い字で書いてあるけど、そんな文書を赤インクで書くって不自然じゃ?冒頭シーンで
船が沈む前、コンプラチコ達は血で何か書いているけど、すぐ戻すからそんなに長い文章書いてる
とは思えないし。「ハーカーのボトル」と言ってるので、すでに文書は出来てるものだと思う。

突っ込みどころは満載だし、相変わらずグウィンプレンの葛藤や気持ちの変化がわかり難くて、
いろいろ納得出来ないのと、貧者の地獄…って言っても、グウィンプレンはどん底ってほどの
生活はしてきてないよね?と思うのが、もやもやする一因なんだけど、1週間振りに観たら、
内容は同じなのに何だか勢いがある?で、今までほどもやもやはしなかったです。単に見慣れた
せいかも?

本日のウルシュス。
最初のリトルグウィンプレンとのシーンで、赤ちゃんのこと「女か?」と聞いたら、日生では
グウィンプレンはこくりと頷いてたのが、不自然じゃないか?と思ってたんだけど、本日は何の
こと?って感じに首かしげてたので、それでいいじゃんと思った。
赤ちゃんを包んでる布をちょっと捲っただけのウルシュスが、どうして女の子だとわかったのか?
って疑問は残りますが。

一座の興行後のシーンの座長、登場にスタンバイする姿が見えました。でもグウィンプレンが
登場する時はわからない。グウィンプレンの登場時は前に大勢集まって隠すし、そっちに気を
取られるからだな。

途中、ワペンテイクの乱入があり、不穏な空気になるけれど、一難去れば自分達には関係ないと、
一座の仲間達とワイワイしてウルシュスも楽しそう。
興行後のシーンはみんなリラックスして、ウルシュスも笑顔がたくさん見られて良いです。
ウルシュス、デアがデヴィッドに襲われ、グウィンプレンがワペンテイクに連れて行かれてからは、
笑顔がないから。仲間たちと楽しそうにしてて、曇りない笑顔が見れる貴重なシーン。
グウィンプレンとの「幸せになる権利」、ステージが狭いから2人の距離も近かったような?
そのせいか、2人の気持ちのぶつかり合いも激しかったように思いました。

墓場に運ばれていく死体をグウィンプレンだと思ったウルシュス、グウィンプレンの上着を抱き
締めながら「死んだって…」と嘆き、残酷な世界に怒りをぶつける歌声が辛いわ。

一座は畳むと言うものの、デアにグウィンプレンが居なくなったことを悟らせないために芝居を
するウルシュス達。悟らせないようにしてると思うけど、ウルシュス♪あいつが戻ってくるまで
とかって、歌ってるのデアにも聞こえてるんじゃ?
観客のガヤガヤもやったり、影絵のデアとグウィンプレンの人形持ってあたふたしたりと一座は
混乱しつつも、チームワーク良いな…と。おとこおんながデアの赤ちゃん人形あやしてるって、
初めて気づきました。ウルシュス中心に見ちゃうから、近くにいる人しか目に入ってなかった…。

みんなの努力も虚しく、グウィンプレンが居なくなったことがわかってショックで気を失うように眠るデア。そんなデアを膝に、ウルシュスの祈りの歌が沁みる。劇場の空気も静謐な感じに。

みんなが悲しみとやるせない気持ちでいっぱいになってるところへ、グウィンプレンが戻って来て、
驚愕して目を見張るウルシュス、そして喜びの気持ちが表情に溢れ、グウィンプレンとデアと
2人の世界になってるのを見てる時、両側に女子とお猿さんまで腕伸ばして抱いてるのがいいな…
思います。

でもそんな幸せもほんの束の間で、デアが死に、デアを抱いてグウィンプレンも去って行くのを
見守ることしか出来ないウルシュス。グウィンプレンが最後に感謝の笑顔を見せても、15年、
我が子として育てた2人がいなくなってしまうウルシュスの気持ちを思うと、切な過ぎます。

カーテンコール。ラストのウルシュスがまだ抜けてない感じで、よたよたとおじいちゃんぽい
足取りで登場の山口さん。客席の1階から2階あちこちに視線を巡らせながら前へと。お辞儀の
仕方もちょっと腰を落としておじいちゃんぽく。深く長いお辞儀でして。
浦井君は登場すると膝ついて上手へ手を広げ、走ってきたリトルグウィンプレンの上之園君を
抱き上げ、くるっと1回転して2人で前へ。グウィンプレンを迎える時にはウルシュスも笑顔。

全員揃ってオケにも拍手した後、ご挨拶があるならこのタイミングなんだけど、何もなくて
キャストの方々は捌けて行きました。
捌け際、山口さんは客席の方を向きながらペコペコ。マスターはトカゲ男の尻尾を持ってぐるぐる
回しながら捌けて行き、それを見送って、ジョシアナとフェドロは腕を組み。
下手側はグウィンプレンが2人揃ってお辞儀して捌けて行きました。

全員でもう1回カテコがあり、その後も拍手が納まらず、グウィンプレン達とデアと3人での
オマケカテコが2回ありました。
名古屋公演、4日間と短かったけど千秋楽だからご挨拶あるかと思ってたのに、ご挨拶はなくて
あっさり 終わっちゃいました。最後なんだからひと言くらいご挨拶あっても良かったのに…。

デア:夢咲ねね リトルグウィンプレン:下之園嵐史

この記事へのコメント

  • reve

    気づかなかったけど、文書は赤い字で書いてあるんですね。
    ハーカーも自分の血で書いたのではないでしょうか。宗教的なものかもしれませんね。
    2019年05月24日 01:54

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